ティクーン・デボーション No.11
- tikkunjppartner
- 2021年5月2日
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4月26日
見よ、その時代が来る──主のことば──。そのとき、わたしはイスラエルの家およびユダの家と、新しい契約を結ぶ。その契約は、わたしが彼らの先祖の手を取って、エジプトの地から導き出した日に、彼らと結んだ契約のようではない。わたしは彼らの主であったのに、彼らはわたしの契約を破った──主のことば──。
これらの日の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうである──主のことば──。わたしは、わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心にこれを書き記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。彼らはもはや、それぞれ隣人に、あるいはそれぞれ兄弟に、『主を知れ』と言って教えることはない。彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るようになるからだ──主のことば──。わたしが彼らの不義を赦し、もはや彼らの罪を思い起こさないからだ。(エレミヤ31章31~34節)

イスラエル南部のベイト・グヴリン遺跡 ネティブヤのハナ・コヴナーさん提供
1 今日は、エレミヤ書31章を見てみましょう。ここは、唯一、旧約聖書において「新しい契約」(B’rit Hadashah)という言葉を使っている箇所です。
まず注目すべきは、神様はこの新しい契約を、「イスラエルの家とユダの家」との間に結ぶと宣言されていることです。神様は、古い契約は、モーセを通してイスラエルとの間に結ばれましたが、イスラエルは「これを破った」ので、新たにイスラエルと新しい契約を結ぶ、というのです。そして、新しい契約の仲介者はイエス様であり、かつ違反のための贖いはイエス様の十字架の血と復活を通して完成されました(ヘブル9:15)。故に、イエス様の御業はまず何よりイスラエルのためであったということができます。
また新しい契約の名宛人たる「イスラエル」は、まずもって古い契約を破った者でなければなりません。したがって、ここでの「イスラエル」の意義は、実際のアブラハムの子孫であるイスラエル民族でなければなりません。したがって、これを霊的に、異邦人教会に「置き換えて」理解する置換神学は、およそ成り立ちません。むしろ、ここでの「イスラエル」の意義は、異邦人である私たちをも含むものとして「拡大」されました。私たち異邦人は、イエス様を信じることにおいて、「アブラハムの霊的子孫」(ガラテヤ3:29)となり、そのことによってイスラエルに対する新しい契約に連なる者となったのです。このことは実にパウロによる福音の奥義の解き明かしがあって、初めて理解されたことでありました。
2 新しい契約の内容は、どうでしょうか。古い契約と全く別物なのでしょうか。いいえ、そうではありません。古い契約も新しい契約も中身は基本的には変わりません-律法(トーラー)こそ、その内実です。何が変わったかと言うと、その律法の働き方が全く変わったのです。
モーセの律法によって形作られた会見の天幕(聖所)は天にあるまことの聖所のひな型であり、レビ系祭司は王であり祭司であるイエス様(メルキゼデクの地位に等しい大祭司)が来られるまでの一時的なものであり、動物犠牲はまことの聖く貴い犠牲であるイエス様によって完成されるべき仮のものでした(ヘブル書7章~8章)。つまり、かつての、古い契約としての律法は、あくまで未完成なものでありました。それは、肉に働き、文字により、石の板に書かれて、人間の罪深い本性を変えることができないものだったのです。しかし、イエス様がなしとげてくださった新しい契約は、律法を完成するものであり、その本質的部分において律法を成就するものでした。つまり、イエス様は、同じ律法を、聖霊によって信じる者の心に働き、人を内側から全く新しく造り変えるものとしてくださったのです【わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心にこれを書き記す】。それによって、【わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる】また、【彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るようになる】という御言葉が、絵に描いた餅ではなく、文字通り「現実のもの」として捉えることができるようにしてくださいました。
イエス様と聖霊様は、律法そのものではなく、それを受ける人間の側に働いて、変えてくださいます。これが新しい契約です。この新しい契約の恵みに、私たちの全人格があふれるほどに浴しながら、教会を通して、生涯をかけて、主に変革され続ける-主の似姿にまで変えられる-ことを求めていこうではありませんか。
〈補足〉なお、律法の本質は変わりませんが、新しい契約においては、もはや律法は、イスラエルのみが聖なる選民であることの根拠ではなくなりました。その限りで、「神が新しい契約と言われたときには、初めのものを古いとされたのです。年を経て古びたものは、すぐに消えて行きます。」(ヘブル8:13)という御言葉が妥当します。
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